「自動運転で10兆ドルの産業に革命を起こす」――。米半導体大手 Nvidia CEO Jen-Hsun Huang のこの発言を,もはや「ビッグマウス」として一笑に付すことはできないだろう。
5月10日,トヨタ自動車と自動運転で提携すると発表。自動運転では,既にアウディやダイムラーなどの大手に加え,EV (電気自動車) のテスラとも協業する。「自動運転に Nvidia の AI 用半導体は必須だ」。こう答えるエンジニアも少なくない。
ほんの数年前まで,Nvidia はゲーム用半導体メーカーの1社に過ぎなかった。半導体業界でも,同社の売上高は世界ランキング 10 位以下である。なぜ同社はここまで圧倒的なスピードで自動車業界の台風の目になったのか。強烈なリーダーシップで知られる Huang に,そのワケを直撃した。
聞き手は島津 翔
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Jen-Hsung Huang Nvidia 共同創業者兼 CEO.
1963 年台湾生まれ。LSI Logic で
エンジニアリング, マーケティング, および
総括経営に携わった後,AMD でマイクロ
プロセッサの設計に従事。
オレゴン州立大学で電気工学士,
スタンフォードで電気工学修士。
1993 年, Nvidia を共同創業。
(写真=林 幸一郎)
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―― 今年1月,ラスベガスでの発表は衝撃的でした。アウディ,ボッシュ,ZF など自動車業界の大手メーカーと次々に提携を発表する姿から,AI の中心的な存在になりつつある印象を受けました。
Jen-Hsung Huang:今までいろいろなジャーナリストを見てきましたが,Nvidia がこうした密着取材を受けるのは初めてです。ありがとうございます。さて今日は,何の話から始めましょうか?
―― まずは自動車について。AI は,今 Nvidia が最も注力する産業と理解しています。単刀直入に,なぜ世界中の自動車メーカーからここまで引き合いがあるのでしょうか?
Huang:ラッキーだったんですよ。
――??
Huang:いや,ラッキーというのは,AI がブレークスルーになることに素早く気付いたことです。深層学習によって,将来どんなことができるのかを想像することができました。
当社が車載コンピュータに取り組み始めたのは 10年以上前 (編集部注:当時はゲームでの経験を生かし,カーナビなどのグラフィック関連事業として進出した)。その当時から,長期的にクルマというものが,強力なコンピュータになっていくと思っていました。言い換えれば,クルマは4つの車輪の上にコンピュータが載ったものになる。そう考えていたんです。
これまでのソフトウエアでは できっこない
ただし,自動運転車を実現するようなテクノロジーやソリューションは当時,存在しませんでした。
数年前,深層学習と人の視覚に匹敵する画像認識の能力がテクノロジーとして台頭しつつあることを "発見" した時に,これで自動運転車を実現できると確信しました。
―― その発見をどうビジネスに展開したのでしょう?
Huang:最初のステップは,この問題を我々がどう解決できるのか,自分たち自身でしっかりと確認することでした。
なぜなら,自動運転車はコンピューティングの問題として非常に複雑です。世界中で最も難しい,複雑なコンピュータになると言ってもいいかもしれない。
自分の周りにある世界を正しく認識し,合理的な判断をし,そしてそこで自分には何ができるか,何をすべきかを考え,そして安全に運転する。こんな問題は,これまでのソフトウエアやアルゴリズムではできっこない。全く新しいコンピューティングの方法が必要です。
数学的に極めて複雑な演算が可能なスーパーコンピュータを,クルマの中の限られたスペースに搭載しなければならない。それが課題でした。つまり, 超高度な能力を持つコンピュータの小型化。これが課題だったのです。
我々がそれまでに作っていたスパコンを,ずっと小型化する必要があった。だからこそ様々な事業部門から
エンジニアを掻き集めて大々的なチームを作りました。
そして数ヵ月ごとに,世界の多くのメーカーに対して,どのように進捗しているのかを発表し続けました。
ラスベガスの CES もその1つの場です。
最初の質問にお答えしましょう。なぜ引き合いが多いのか。
技術開発の開始から数年経ったころ,自動車メーカーや物流企業など多くの企業が「Nvidia は,本当にこの問題に真剣に取り組んでいる会社だ」と納得してくれたのです。その間,我々はとてつもなく大きな投資をし
続けましたが。
我々が持っているのは,半導体というハードウエアだけではありません。自動運転を実現するソフトウエアや開発環境も用意できます。実際に自動運転車を実現できる「スキル」を持つことができました。そして,ゆっくりではありますが, 1社1社, 「一緒に自動運転車を作る挑戦をしたい」と言ってくれるパートナーが増えていったのです。
そして,今では多くの自動運転車のプロトタイプに当社のデバイスが搭載されています。
―― パートナーとして,日本の自動車メーカーをどうご覧になっていますか。
Huang:日本の自動車産業は,間違いなく世界で最も重要だと考えています。
―― それは,なぜ?
Huang:高級車メーカーと違い,日本の自動車メーカーは高級車から大衆車までをカバーしている。つまり,社会の多くの部分にリーチしようとしたら,我々は日本メーカーとパートナーにならざるを得ないわけです。日本メーカーは世界中の顧客を相手にしていて,顧客からの期待も非常に高い。
ただし,その分,日本メーカーはハードルが高い。安全と品質を重視していて,テクノロジーが非常に優れていないと,日本メーカーが採用するのは難しいからです。
―― 口説き文句は。
Huang:私どもは懸命な努力をしている。プラットフォームは正直に言ってまだ完全にはレディーになっていない。ただし,2年後にはレディーの状態になる。こう伝えています。
電話で起きたのと同じ激変がクルマでも
―― 2年後には加速・操舵・制動の全てを自動化する「レベル4」が実現する?
Huang:その通りです。そして我々の夢は,完全自律走行車 (編集部注:レベル5を指す無人運転車) を 2020年までに公道で走らせるようにすることです。
―― もう一度,確認させて下さい。もう日本メーカーとは商談の場を持っている?
Huang:社内に専従チームを抱えていて,すでに日本の自動車メーカーと話し合いをしています。
―― なるほど。自動車に関して,次に内部構造の質問をさせてください。クルマの中には,ECU と呼ばれる車載コンピュータが数十個程度 載っています。並列演算が得意な Nvidia のGPU (画像処理半導体) が実際に
クルマに搭載されようになると,コンピュータの数はどうなりますか。
Huang:これは非常に良い質問ですね。私は,1~4つで納まると見ています。それでいて,現状の ECU の1万倍のパワーを持つことになるでしょう。自動運転にはそれだけのパワーが必要です。
――― つまり,自動運転という機能だけではなく,クルマの内部構造もがらりと変わる?
Huang:その通りです。さらに重要なのはソフトウエアの進化でしょう。クルマには 300 程度の小型ソフトウエアが搭載されていますが,将来は1つになる。大型のソフトウエアが取って代わります。
スマートフォンと同じでしょう。現在は ほとんどソフトウエア側で制御しています。
電話は昔,通話機能を持つ「ただの電話」でした。現在のクルマはエンジンとタイヤで成り立つ「ただの自動車」でしょう。将来,クルマはソフトウエアになります。電話で起きたこと,テレビで起きたことと同じことが自動車の世界でも起こります。
ライバルは「ビックリする産業から」
―― それは産業構造が変わることを意味しませんか? 半導体やソフトウエアが付加価値を決める時代になった。同様のことがクルマでも起きる?
Huang:ある程度はイエス。ただ完全にそうはならないでしょうね。
―― 携帯電話とクルマは違うと。
Huang:もちろん,半導体とソフトウエアは非常に重要な部分を握ります。ただし,電話と違って,クルマの場合はハードウエアの比率が高いでしょう。工業デザイン的な要素がまだまだ残る。いかに美しいか,いかに居心地がいいか。将来,クルマは居場所,リビングルーム,書斎,娯楽室になりますから。
クルマというものが,A 地点から B 地点に行くための手段ではなく,「居たい場所」に変わる。だからこそ,自動車産業の将来というのは,自動車メーカーにとって非常にエキサイティングだと思います。現在の携帯電話は,昔の電話と比べて 100 倍豊かでしょう。クルマもきっとそうなります。
―― お話を聞いていると,自動車メーカーと半導体,ソフトウエア業界の協業が加速度的に進みそうです。「協業の時代」に,Nvidia のライバルになるのはどこでしょう。
Huang:長期的に,極めて多くの会社がクルマ向けの半導体を売ることになるでしょう。あらゆる産業が車載分野を狙うはずです。我々のライバルはビックリするような産業から現れるのではないかと考えています。その相手が最も手強いでしょう。
Nvidia はもともとグラフィックの会社でした。それが AI のリーダーになり,自動運転車を開発するなんて誰が想像したでしょう。そのような存在が,また現れるはずです。
(後編に続く)
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建設中の新社屋の前で(写真=林 幸一郎)
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(後編,AI のため "犠牲" にしたもの」
―― Nvidia の GPU は,ゲームやスーパーコンピュータの世界でシェアが高く,世界的に有名でした。その GPU が,AI,特に深層学習用で力を発揮すると気付いた。ただし,「気付く」のと「ビジネスにする」のとでは大きな違いがあります。
Huang:5年ほど前,Nvidia は米国のスタンフォード大学などと,グーグルの初期ブレイン・プロジェクトに参加しました。このプロジェクトで,AI における GPU の可能性を Nvidia の全社員が認識したのです。深層学習を進化させるのは GPU だと。
ただ,後から考えると,これは必然だと分かりました。
私たち人間の頭脳は世界一の並列コンピューターなんです。見て,聞いて,匂いを嗅いで,考えて ・・・ ということを同時にできる。しかも,異なる考えを頭の中で同時進行させることができる。
一方で,GPU はコンピュータ・グラフィックスのために生まれました。世界で最も並列演算が得意な半導体です。
ここで,人間の思考というものを考えてみましょう。人間は思考すると,心の中にイメージを作ります。「メンタル・イメージ」という言葉がそれを表しているでしょう。「赤のフェラーリ」を想像する時,頭の中でそのイメージを作っているわけですから。つまり,思考していると,我々は脳の中,あるいは心の中でグラフィックを描いているとも言える。そう考えると,思考というのはコンピュータ・グラフィックスと似ていると考えることができます。
―― なるほど。
Huang:だから,グラフィックスに最適化された GPU が人間の脳を模した深層学習に向いているというのは必然なんですよ。
我々は,そこで深く考えました。この深層学習という手法は,単に新しいアルゴリズムではない。ソフトウエアの開発を革命的に変え得るものであると。全く新しいコンピューターへのアプローチなのだと。過去 50 年間で全く解決できなかった多くの問題を解決できるものだと。
興奮しましたよ。この事実に気づいた時は。そこから,全社で深層学習を追求する方向に動いたわけです。
動き出して1年で数千人のチームに
―― 革命的だと気づいてから,Huang CEO が投資を決断なさるまでの時間は?
Huang:すぐですよ。深層学習は,新しいアプローチですからね。GPU のアーキテクチャからコンピューター・システムのアーキテクチャ,演算アルゴリズム,ソフトウエア開発ツール,その使い方,ノウハウまで,その全てを変えなければなりません。
ですから私はエンジニアたちに「全員が深層学習を学んでくれ」と伝えたのです。すぐに大勢のエンジニアが私の声掛けに賛同してくれました。最初は数十人でチームを作りましたが,半年後には数百人になりました。そして1年後には,数千人のチームになりました。そして発見から5年ほどたった今,Nvidia は全員が AI 関連の仕事をしています。
―― 1年で数千人 ・・・ 。
Huang:それを可能にしたのは,Nvidia という企業風土かもしれません。新しいものを学ぶことが好きなエンジニアが揃っていて,企業の伝統に対しても挑戦的であるのが当社だからです。
私には4つの戦略がありました。1つは,先ほどお伝えしたアーキテクチャです。深層学習向けに製品を丸ごと作り直したのです。
2つ目の戦略は,深層学習向けに作り変えた製品を,AI のプラットフォームにすること。そのために,「GeForce TITAN(ジーフォース・タイタン)」シリーズという製品を開発しました。比較的安価で,どの企業でも導入できるようにしようと。つまり,世界中どこでも誰でも使えるものが必要だと思ったのです。
製品だけではなく,ソフトウエアもそうです。自前で深層学習向けのソフトウエアを組み込んだ GPU を世界中で展開しました。この GPU を,米国の HP,デル,シスコシステムズが導入しました。
アマゾン,マイクロソフト,グーグル,アリババ ・・・
そして我々は,そのソフトウエアをクラウド上でも展開できるようにした。それを,アマゾン,マイクロソフト,グーグル,IBM が活用し始めたのです。中国のアリババ集団も,百度もそうです。我々の GPU にどこからでもアクセスできるようになったわけです。
戦略の3つ目は,エコシステムを作ること。当社に AI ラボというプログラムを設け,世界中の AI 研究者を支援することを決めました。スタンフォード大学,カリフォルニア大学,ハーバード大学,オックスフォード大学,東京大学など世界中の大学を今では支援しています。
ベンチャー企業もそうです。世界で 2000社をサポートしています。日本のプリファード・ネットワークスもその1社です。我々のテクノロジーをベンチャーに提供し,アイデアを共有し,AI 関連企業が1日でも早く成長する支援をしています。
―― それが結果的に市場を早く広げる。
Huang:結果的にはそうなるでしょう。
そして最後の4つ目の戦略は,我々が AI の活用に自ら取り組んでいくことです。非常に難しい問題,AI がなくては解決できない問題を探しました。その1つが,自動運転だったわけです。
お分かりかと思いますが,4つの戦略を実行するには莫大な投資が必要でした。
―― そこまで投資をする決断をすぐにできたのは,なぜでしょう。
Huang:千載一遇のチャンスだったからですよ。
―― チャンスだと思っても,すぐに決断できるかどうか ・・・ 。
Huang:その通りです。人間はいくらでもチャンスに遭遇します。企業もそうです。コンスタントに,絶えず出会っていると言ってもいい。
チャンスを掴むには“犠牲”が必要
それを手繰り寄せるためには何が必要か。まずチャンスに対して常に神経を尖らせておくということ。そして思慮深くあること。そして,準備体制をいつも整えておくこと。この3つが必要でしょうね。
しかし,一番大事なのは意思でしょう。なぜなら,チャンスを掴むには "犠牲" が必要ですから。
―― その3つの条件は,経営陣だけが備えていればいいものでしょうか。それとも,エンジニアも?
Huang:企業を長期的に成功させるためには,今言った3つの心構えを全社的に保つ必要があります。それはエンジニアだけではありません。なぜなら,技術的な要素だけがチャンスとして訪れるわけではないから。時には市場で遭遇することもある。取引先からの情報がチャンスになることもある。
ただ,そのチャンスをチャンスとして認識して企業を変革するのは,CEO の責任でしょう。
なぜなら,先ほどもお伝えした通り,犠牲を伴うからです。
―― では,Nvidia が AI にフォーカスしたことで犠牲になったものとは?
Huang:企業として投資できる総額には限界がありますから,AI への投資を増やせば,既存事業が手薄になる。また,別の新規事業としてフォーカスしていたものを緩める必要も出てきます。
卓球台を囲んだベンチャー時代と変わらないこと
他のチャンスは諦めたということです。例えば,我々はスマートフォン向けのビジネスをもっと追求することができた。あるいは,ゲーム機とタブレットを開発するチャンスもあった。でも, それらからは1歩引きました。 多くのビジネス・チャンスを失いました。けれど,その犠牲によってAI に集中することができた。
業績も犠牲にしました。短期的なチャンスを失いましたからね。ただ,業績で苦労するのはせいぜい数年だと予測していました。それに対し,AI がもたらす恩恵は すさまじい。一生に1度のチャンスですよ。絶対に集中しなければならないと思いました。
―― 犠牲を払うからこそ,意思決定は難しくなる。Nvidia の意思決定の仕組みを教えてください。
Huang:まず,私の直属として 20数人の部下が働いています。彼らは全員がリーダーシップと優れたインスピレーションを持ち,そして優先順位が私と基本的に一致しています。
もちろん違うこともある。その調整こそが私の仕事なのです。その時の考え方はこうです。「Nvidia がやりたいこと」ではなく「Nvidia がやるべきこと」を選ぶのです。
組織は完全にフラットで,階層はほとんどありません。私の仕事は経営することではなく,リーダーであることです。リーダーであることで,Nvidia にいる素晴らしい才能を持つ人材が才能を十分に発揮できるようになるのです。
―― 約 20 年前に Huang CEO が Nvidia を創業した時と同じように見えます。少人数で卓球台を囲んで食事していた当時と。
Huang:面白いことを言いますね。だって,まだ直属の部下は 20 数人ですから,当時と何も変わっていませんよ (笑)。