キャリア各社が 5G ネットワークを立ち上げる中,超高速無線サービスの約束は ロールアウトの現実と衝突している;実際の猛攻撃は 未だ始まってもいない。
次世代通信規格 5G の高速通信サービスが開始されるアメリカの主要都市には必ず,Keith Hubbard のような人がいる。ファイバー技術者 16人のチームを率いる AT&Tのマネジャーだ。彼の仕事は,交通量の多い道路を遮るようにトレーラーを置き,作業を始めることだ。ここには既に,別のチームが車道や歩道を掘り起こして敷設した光ファイバー・ケーブルがある。彼らは,アトランタのうだるような炎天下で,約 3 cm のグラスファイバーの束に外科手術を施さなくてはならない。 1本のケーブルには,通常 864 本の絶縁線が含まれ,それぞれが企業や家庭,携帯基地局とつながっている。間違った線を切断すると,誰かがインターネット・アクセスを失うことになる。
こうした数千人もの Hubbard のような技術者やプランナーに加え,掘削工事やアンテナ設置を担当する作業員らが協力し,アメリカのかつてない多くの場所で光ファイバー・ケーブルの工事を進めている。全ては,人々が 携帯端末で もっと多くのことができるようにするためだ。
アメリカの無線データ・トラフィック
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モバイル・データの利用は過去 10 年激増した。
特に 2017~2018 年には倍増した
(EB=1018 バイト単位)
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"5G" のパラドックスがここにある。技術の粋を集めた次世代の無線ネットワークを支えるには,膨大な量の有線接続が必要となる。5G の実現に向けて更に多くの小型基地局が必要となり,それらを全てインターネットに有線で接続するからだ。この避けがたい現実は,各方面に計り知れない影響をもたらす。5G ネットワークの構築には, 10年以上の歳月を要する可能性があり,住民の通勤通学を混乱させかねない。
都市の各ブロックがアンテナによって花綱飾りのように結ばれ,通信事業者から自治体が徴収するアンテナ設置場所の借地料が制限され,その結果,少なくとも当初は高速無線通信へのアクセスに偏りが生じる可能性がある。
光ファイバー・ケーブルの供給企業にとっては,もちろん望外の喜びだろう。通信大手 Verizon は 2017 年春,$10 億の光ファイバーを Corning Inc から購入すると発表した。Verizon のスポークスウーマンによれば, これは1年あたり 1,250 万マイル (地球を優に 500 周できる長さ) のケーブルに相当すると言う。同社としても,過去最大の購入契約だった。
ファイバーの購入は,通信企業にとって楽な仕事である。"誰も口にしない秘密は,穴を掘る費用に比べれば, ファイバーやケーブルなどの設備費用が 実は安いことだ。" … と Corning の子会社 Corning Optical Communications の技術担当上級副総裁 Claudio Mazzali は指摘する。
Deloitte Consulting LLP のプリンシパル Dan Littmann は,2017年の報告書で,アメリカ人の大半 (地方部を含めて) が高速ブロードバンドか 5G 無線かを自由に選択できるようになるまでに,通信事業者は計 $1,300億 ~ $1,500億を投じる必要があるとの見方を示した。
5G に巨額の投資が必要なことは,FCC の Ajit Pai 議長らが通信大手2社 Sprint と T-Mobile の合併の必要性を訴えるときにも根拠として持ち出す話である (ただし Sprint の CEO は,同社の 5G の技術とロールアウトは独力で 完全に OK であると言い,T-Mobile の CEO は両社が一緒になる方が強いと主張している)。
AT&Tの 5G 担当上級副総裁 Marachel Knight によると,同社は 5G ネットワークの完全な構築を終えるまでに 10年を要すると見ている。
10年以上の歳月
アナリストや業界関係者の間には, 10年でも足りないとする見方がある。十分な資金や地元の協力が無ければ,アメリカ有数の大都市以外では サービス開始が遅れることや,完全に中断される場合もあり得るだろう … と警鐘を鳴らす。
一方,地方自治体は FCC を提訴する構えだ。通信事業者が新たな携帯基地局の小型アンテナを設置しやすくする FCC の新規則の差し止めを求めており,アメリカ議会議員の一部もこの規則を無効にできる法案を提出しようとしている。この規則は通信企業に有利なもので,都市が実質的に 5G 構築のための補助金を出す形になるとの見方が大勢を占める。
"本格的な猛攻撃は未だ 始まっていない"
── Grrard Lavery Lederer,
5G のロールアウトを自治体が規制する権限を制限しようとする
FCC の規則に反対して訴訟を起こした自治体側の弁護士
この巨大なインフラ計画の背景にあるのは,5G がこれまでの無線通信ネットワークとは異なることだ。2G, 3G, 4G の通信基地局は,強力なアンテナを備え,広いエリアをカバーする大型鉄塔を採用していた。一方,5G ネットワークは,今より 10 ~ 100 倍の高速通信を実現するために比較的短距離にしか届かない高周波帯域の電波を用いており,従来より密接に配置された小型の無線ユニットが必要となる。
AT&Tの Knight によると,この無線ユニットを 約 240 ~ 300 m 間隔で配置する必要がある。搭載される
小型アンテナは,ピザの箱ぐらいの大きさで,光ファイバーでインターネットに接続され,電源につなぐことが必要だ。
業界団体 CTIA によると,2018年には 全米 349,344 箇所に基地局があった。同団体の推定では,5G が
全エリアをカバーするためには,2026年までに 769,000 箇所を追加する必要がある。
身構える都市当局
要するに,いつも利用している道路に3社か4社の異なる通信事業者がやってきて,光ファイバーを敷設するために,それぞれがバラバラに道路を掘り返すことになる。
一部の州や都市は,"掘るのは1度だけ" に抑える政策を実施している。つまり,全部のファイバーを1つの溝やパイプにまとめることだ … と Deloitte の Littmann は説明する。新たな道路を作る際,その地下に将来の光ファイバー・ケーブル敷設を想定した導管を設けることを義務づける自治体もある。
FCC の新規則を覆そうとする自治体の代理を務める弁護士 Gerard Lavery Lederer は, 5G の構築がまだ
計画段階にも拘わらず,自治体の中には増大する許可申請への対応に苦慮している事例があると話す。"本格的な猛攻撃は未だ始まっていない" … と同氏は指摘する。
一方,都市全体をカバーするには時間と費用がかかることから,費用を早く回収できる地区で先に工事が進められる可能性がある … と Mazzali は言う。
Wall Street Journal がニューヨーク市内で基地局の整備予定を分析したところ,通信各社は最も裕福な地区を優先していることが判明した。この結果,高速通信インターネットへのアクセスに偏りが生じ,情報格差を拡大させる恐れがある。
これは,FierceWireless で 度々 取り上げられているバックホール (携帯電話網の場合は,街頭の無線基地局と最寄りの拠点施設(交換局)を繋ぐ有線の回線網) の問題である。
"無線通信" と言っても,本当の "無線" は,携帯電話から基地局との間の短い間だけで,そこから先は バックホールの大容量回線に頼る。5G の場合には 基地局の間隔が短いので,本文のような問題が大きくなるわけだが,その建設に 10 年掛かるとは初めて知った。
バックホール回線は Verizon, AT&T が当然のことながら歴史的にしっかりしており,T-Mobile, Sprint はここが弱いので,現在でも 上位2社 および ケーブル会社の回線を借りている。これに懸かる費用は 非公表だが "かなり" のものだと Sprint の幹部の発言があった。
5G になれば ここがネックになるだろう。4社ともバックホールの使用は高まるから,回線使用料の値上げもあるだろう。
なお,バックホールをファイバーによらず ミリ波による技術も開発されている。これだと,地面を掘らなくて済む。ミリ波の特徴のうまい応用である。それにしても,ミリ波の所有がゼロの Sprint は手が出ない。
ところが,5G の敷設に 10 年掛かるとなれば,S+T 合併に FCC が "押し付けた" 条件に重大な影響を及ぼす。
『3年以内にアメリカ人口の 97% をカバー;6年以内に 99 % をカバー;3年以内にアメリカ農村の 85% をカバー;6年以内に同 90% をカバーする 5G ネットワークを配備すること
が含まれる。さらに 両社は,
アメリカ人の 90% が 100 Mbps より高速の携帯ブロードバンド・サービスにアクセスでき,99 % が最低 50 Mbps にアクセスできること
を "保証した"。 (2019/05/20 MarketWatch)
5G に 10 年掛かるのであれば,この 認可条件が達成されることは あり得ない。
特に (当然であるが) 農村は 都市より遅れるらしい。
こんな条件を正式文書にして FCC 内で審議に掛けて,正式発表できるのだろうか?
WSJ は 早速 噛みつくかもしれない (笑)。
なお,上の認可条件を守れなかった場合には $2.5 億の罰金が科せられる。
Legere が こんな条件つきの 改訂版合併申請書を提出したとは考え難い。
5G ネットワークの敷設の実務に無知な FCC の誰かさんが この "譲歩" を決めたのだろう (笑)。